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イシアタマ
イシアタマを日本語変換すると「石頭」となる。
ところがイシ+アタマとすると「医師頭」ないし「医師アタマ」になる。
最近、書評欄で「医師アタマ」という本を見つけた。副題に「医師と患者はなぜすれ違うのか?」とある。出版社は見慣れた「医学書院」であるから、きっと一般向けではなく医学書として発売されたに違いない。
さっそくアマゾンから本を取り寄せ、このお盆の休暇中に読んだ。
いし・あたま【医師アタマ】自然科学としての医学に依拠する医師特有の思考過程。医療に関して、医師の頭の中では、明確で整然とした世界が構築されている。
医者は医者特有の思考過程を持つようになる。「持つようになる」というのは生まれながらにして持っているのではなく、医師養成過程の中で自然とそのようになるに違いない。(というのは意識したことがないからである)
これまでも多くの医者の闘病生活を綴った本が出版された。ほとんどの医者たちは「患者になってみて初めて患者の心理がわかった」と異口同音に言う。ずっとこのことの不思議さをどう説明して良いのかわからなかったが、今回この本を読んでみてよくわかった。
まるでヒトとサルの関係のごとく進化の過程で全く違う方向に分かれたように、医者と患者は同じヒトでありながら違う方向に分かれてしまったのだ。
今、医師不足という問題点と同時に、医師患者関係という点でもこの国の医療の将来をきめる大きな分岐点にきていると思う。アメリカ型の訴訟社会が医師患者関係を健全な方向に持っていくとはとうてい思えない。しかし我が国の向かう道は確実にその方向に向かっている。そこに見えるものは今以上にぎくしゃくした医師患者関係であり、不幸な医療制度である。
この誤った方向に持っていかないためにはどうすべきか?
ここ数年ずっと自問自答してきた。その結果が今の開業スタイルでの実践活動であった。お互いの納得度を高める医療の実践である。その理論的裏付けをこの「医師アタマ」という本で見つけたような気がする。
とにかく今、個々の医者が考え実行すべきは、いがみ合うことでなく理解し合うことである。理解し合える「アタマ」をもつことにつきる。歩み寄らなければ理解し合えない。
そう考えるとやはり一番重要なのは教育であることにたどり着く。利己主義を捨て良い意味の個人主義を育てなければこの国の将来はない。これこそ真の教育改革だと思うが・・・。
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